第四話 ウロボロス

1.ボク


 透き通ったロウソクが灯る。

 炎だけが宙に浮いている……まるで人魂の様に。

 火をつけたのは白髭の老人。

 (しょぼくれた爺さんだ) 滝の感想には、老人に対するいたわりのかけらもなかった。

 「わしには……何も無い……」

 そう言いながら、老人は黒い革表紙の本を置いた。 英語の筆記体の様な、それでいて読む事のできない文字が表紙に書かれて……

いやのたうっている、蛇の様に。

 「これは……わしのハ……いやセネカという名の女のものだ……」

 そして彼は語り始めた。

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【ボク】

 ボクがいるのはろうかです。

 とてもくらいろうかです。

 とびらが、いっぱいならんでいます。 でも、あけられません。 とってに、てがとどかないからです。

 とびらのひとつに、こうかいてあります。 『まじすている』……


 ボクは、ママとくらしています。

 ママとごはんをたべます。

 おやすみするときは、ママがおはなししてくれます。

 すてきなはなし、かなしいおはなし、そして、こわいおはなし……


 パパは、とびらのむこうで、おしごとをしています。 ずっと、おしごとをしています。

 おおきくなって、パパにあうのがとてもたのしみです……

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【僕】

 僕が居るのは廊下なんだ。 何処までも続く果ての無い廊下、両端に並んだ扉の金色のノプがずっと続いている……

 この廊下に終わりは無いんだ、ずっと歩いていくと元のところに戻ってしまうから。

 「坊や、ごはんよ」

 ママが僕を呼ぶ。 ぼくは『食堂』に行く。


 キィ…… 蝶番がきしむ音がした。 振り返れば、開いたドアの隙間からパパが僕を見ていた。

 「パ……」

 パタン。

 いつもそうだ。 はじめてあった時もこうだった。 パパは僕が嫌いなんだろうか。

 ”パパはね、恥ずかしがり屋さんなのよ、坊やとそっくり”

 ママはいつもこう言う。 そうなのかなあ。


 『食堂』にはママが待っていた。 おいしい匂いがいっぱいだった。

 僕はママの前でごはんを食べる。 ママは食べない。 いつもそうだ。

 「ママは食べないの?」

 ママは笑って応えてくれない。 そして、パパのところにごはんを持っていくんだ。 きっと二人でごはんを食べるんだ。

 僕は、なんだかそれが嫌だった。

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 僕は『やけど』をした。 ママのお手伝いをしようとして、お湯の入ったお鍋を落としたんだ。

 痛くて、熱くて、いっぱい泣いた。

 右手の甲に痕が残った。 お風呂でいっぱい洗っても落ちない痕が残った。


 パパは、僕の『やけど』を見て、凄い音を立ててドアを閉めた。 僕はパパが大嫌いになった。

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 「いらっしゃい……坊や……」

 ママが僕をベッドに誘う。 お休みの時間なんだ。

 服を脱いで、ベッドに入る。 ママも裸だ。

 ママ……

 ふかふかした胸に顔を埋めると、とってもいい匂いがするんだ。

 柔らかいお腹をくっつけあうと、とっても暖かいんだ。

 黒くて長い髪の毛は、サラサラして気持ちいいんだ。

 ママに抱きしめられると、すごく安心できて……そして眠くなるの……だんだん……だんだん……

 ママが囁くんだ……

 「坊や……大きくなるの……ママの為に……セネカの為に……」

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 ママが病気になった。 『ママの寝室』でパパのところに行った時と同じ声で苦しんでいる。

 怖くて、胸がどきどきする。 とっても恐ろしい。

 でも……ママを助けなきゃ……ママが呼んでいるような気がする……

 僕は、ドアを叩いた。

 「ママ! ママ! 大丈夫なの」

 坊や……

 ママだ! いつも違うけどママの声だ!

 「ママ! しっかりして!」 

 坊や……怖くないの?……

 「怖いよ! 胸がドキドキして止まらないよ! でもママが、ママが……」

 ドキドキするのね……いいわ……入っておいで……

 僕は両手でドアのノブを握り締め、力いっぱい捻った。 途端にドアが開いて、中に倒れこんだ。


 「あいた……ママ!大丈夫……」

 声が詰まった。 ベッドの上にそれはいた……緑色をして鱗があって……黒い髪の毛のがあって……そうだ、ママのお話に出てきた

蛇女だ!

 坊や……

 蛇女がしゃべった! ママの声で!

 坊や……いらっしゃい……

 蛇女が、ゆっくり顔を上げる……ママ……ママの顔……蛇女はママの顔をしている……

 坊や……見るの……ママの目をみるのよ……

 蛇女の……ママの目…… 縦に長い瞳…… 

 「あ……ああ……」

 僕の体が動かなくなった…… 

 いや違う? 足が動く……前に……前に…

 手も動く…… 服のボタンを手がはずす……ズボンも……

 「ママ……ママ……やめて……」

 だめよ、坊や……さあおいで……おいで……

 ベッドの上で、ママが手を広げる。

 緑色の鱗がびっしり生えたママ。 その腕に、僕は抱きすくめられた。

 ママの体は、すべすべして、冷たくて、そして胸がドキドキする不思議なにおいがした。

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